SCP-8900-EX

ー諸君、我々は失敗したー

4月に入り、少し前の寒さが嘘のように影を潜め出した春先。

 

新しい季節の到来に、ふと空を見上げる人も少なからずいるのでは無いだろうか。

 

そんな人にも、そうでない人にも、ある1つの質問をぶつけたいと思う。

 

 

「空は何色か?」

 

 

そんなの簡単だと、「空の色」を頭に思い浮かべる人も多いだろう。

 

しかしそれは本当に正しい「空の色」なのだろうか?

 

目に映る色が正しいとは限らないー

 

 

 

 

SCP-8900

オブジェクトクラス:keter

 

SCP-8900はあまりの封じ込めの難しさから、keterに分類されている。財団も現時点での封じ込めはできないだろうという結論を出している。

 

SCP-8900に感染した人・物品は全て隔離・瞬間焼却される。これによる炎は感染拡大を防ぐ目的で、完全な暗闇の中で真空吸引によって消火される。

また、感染した人・物品に財団の職員が接触することは、決して許可されない。

 

完全な暗闇の中で消火する理由についてだが、どうやら完全な暗闇はSCP-8900の感染拡大を防ぐことが出来るらしく、財団のエージェント2名がこの研究の為に拘留されているという。

 

ここまでのワードで分かることは、SCP-8900は人や物品に「感染」する厄介な拡散するオブジェクトのようだ。しかも拡散を防ぐには「暗闇」が必要。手洗いやうがいでは防げないようである。

 

さて、そろそろこのオブジェクトそのものついて説明しよう。

このオブジェクトの正体、それはすばり「接触によって拡散する、可視スペクトルに影響を与える複雑な知覚現象」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

これで伝わるとはこれっぽっちも思っていない。ただ言いたかっただけ。

 

 

 

 

ここで、この記事を読んでいる人には知っておいてほしい知識がある。

それは「色が見えるプロセス」だ。

 

皆さんは、部屋の電気が消えて何も見えない!という事態に陥ったことは無いだろうか?

これは「暗いから見えない」のではなく「光が無いから見えない」のである。

 

我々人間は「色の付いている物体」を見ているのではなく、「物体が反射した光源の光の波長」を見ているのである。

 

 

少し逸れてしまうが、リンゴを例に簡単に説明しよう。

 

光源から放出される光には様々な波長が存在する。その光がリンゴに当たると、我々の言う「赤」以外の波長をリンゴは吸収し、「赤」の波長だけを反射する。この反射された「赤」の波長が我々の目に入り、脳に「赤いリンゴ」の情報として伝わる。

これが「色が見えるプロセス」だ。

 

SCP-8900はこのプロセスに割って入り、我々の見える色、つまり反射する光の波長を弄くり回し、全く別の色へと変化させてしまうというオブジェクトなのだ。

 

余談だが、この現象系のオブジェクトは撮影することが可能となっている。がしかし、拡散のスピードを早めてしまう恐れがあることから、非推奨となっている。

 

 

そしてこのオブジェクトの対象は、小さなコミュニティというレベルではない。

 

 

全人類だ。

 

 

今この記事を読んでいるあなたも、この記事を書いた私自身も、隣に座っているあの人も、ちょっと仲良くなったあの人も。

 

全ての人間が、このオブジェクトの影響を受けている。

 

当然この規模の現象を収容することなど出来ておらず、理論上不可能という結論を出している。

この現象は1800年代中期~後期、特定の撮影技術の副産物として誕生したらしく、この頃は写真乾板にその影響が留まった為に、拡散されることはなかったようだ。

 

そして、当時は我々が今知る色とは全く異なる色が世界中で存在していたのである。

 

白と黒のコントラストで構成された、「美しい世界」だったのだ。

 

ところが、1935年前後、ある株式会社がカラー撮影技術を開発した結果、急速な勢いで拡散してしまったのだという。

 

 

なんともはや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

 

ここまでのお話はあくまでも参照専用のアーカイブ情報である。

SCP-8900への封じ込め手段は講じられていない。つまり、財団が収容することを諦めてしまった、言うなれば「財団の敗北」である。

 

 

 

どういうことか?

 

 

 

元々世界は白と黒、その濃淡で構成されていたと説明した。

そこにカラー撮影技術によって拡散したSCP-8900が入り込み、赤青黄色のような「下品な色彩」による「下品な世界」へと変貌してしまったのである。

当然の事ながら、財団は世界の維持の為、収容の為に、ありとあらゆる手段を尽くした。

 

 

 

しかし、全てはもう手遅れだった。

それらの試みは全て失敗に終わり、遂に世界は「下品な色彩」で覆い尽くされた。

 

 

海も山も、そして空も。

 

 

 

おかしく、「下品な色彩」に塗られた風景へと姿を変えてしまった。

 

 

 

SCP-8900はミーム汚染をもたらさないこともあって、世界中が混乱の渦中へと叩き落とされた。

 

 

 

目に見える色が全く違うものへと変わるのだから、当然の反応だった。

 

 

 

そして財団は最終手段に出た。

 

 

 

 

 

 

 

全人類の記憶操作である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、打つ手は無くなってしまったのだ。

 

 

 

 

この「アンニュイ・プロトコル」と呼ばれる最大規模の記憶操作によって、全ての人類が「世界は元から豊かで美しい色彩に溢れていた」という認識に書き換えられた。

 

 

 

 

かくして、混乱は収まった。

何も変わらず、いつも通りに。

 

 

 

山も海も、そして空も。

 

美しく豊かな色彩により、見る者の心を打ち、時に安心感を与える。

 

 

 

最後に、財団のトップ組織・O5のメンバーであるO5-8によって送信されたメッセージを記す。

 

 

 

 

補遺8900-2:

 

諸君、我々は失敗した。SCP-8900の影響はあまりにも広く拡散し、ありふれたものになってしまった。空の自然な青は下品で不自然な色合いに変わり、木々の緑は等しく汚された。SCP-8900は全ての可視スペクトルに荒廃をもたらし、我々は覆い尽くされた。

 

正反対の影響を及ぼす「感染症」を作り出すという試みもまた失敗した。我々は被験者に対して自然な色彩を復元させることに成功したが、この処置は被験者の口を利けなくしてしまうようだ。その上、今しがた使者がオフィスに到着し、我々の試みが収容違反を起こしたことを伝えてくれた。未来のエージェントはこれ自体をSCPオブジェクトとして扱わなくてはならないかもしれないな。

 

我々にはたった一つの選択肢が残されたのだ、諸君。私は財団の最終フェイルセーフ手段、アンニュイ・プロトコルを実行する。

 

適切な権限を持つ君達がこのメッセージを受領する頃には、財団は世界中の資源を動員し、保有する中で最も微細な効果を引き起こす記憶処理薬である化合物ENUI-5、その大量散布を終えていることだろう。世界中のこのような恐怖を味わうべきでない男女が、立ち止まり、困惑し、自らの生活に戻るだろう、この現象が常に存在していたと確信し、何を失ったかを決して知らないまま。ただ一つ、SCP-8900の影響を受けていない写真のみが真実を伝えていくことだろう。私は残念でならない、諸君。本当に残念だよ。

 

これはやり遂げられねばならない。

 

— O5-8.

 

確保、収容、保護。

 

 

 

 

 

 

そして、SCP-8900はketerからexplainedへと再分類された。

異常は「正常」となり、収容する必要は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

SCP-8900-EX

青い、青い空